スピンオフの成熟
スピンオフは長く、当たった作品からもう一杯すくう行為でした。『ベター・コール・ソウル』がしたのは、その常識をひっくり返すことです。
題材は、『ブレイキング・バッド』でいちばん軽い役——うさんくさい弁護士のソウル・グッドマン。笑わせるための人でした。その男が、どうやってああなったのか。前日譚なので、着地点はもう分かっています。ふつうなら緊張が生まれない条件です。ところが「どこへ行くか」を捨てたぶん、「どうやってそこへ行ってしまうか」に全部の重さが乗った。喜劇の脇役に、六年かけて悲劇を書き足したことになります。
面白いのは、作った本人たちも最初は形が見えていなかったことです。ヴィンス・ギリガンは後に、企画を売ってから「ちょっと待て、これは何の番組なんだ?」と気づいたと語っています——ドラマなのか喜劇なのか、一時間なのか三十分なのかも決まっていなかった。行き先を決めたのは、共同制作者ピーター・グールドの問いでした。「ソウル・グッドマンになることは、どんな問題を解決するのか」。人が悪い方へ変わるのは、堕落ではなく解決なのだと考えた瞬間、この番組の背骨が立ちます。
ここで効いているのが、この帯の発見でした——テレビは、人が変わっていく時間をいちばん長く見ていられる。前日譚は、その性質を裏返しに使う道具です。結末を知っている観客は、変化の一歩ずつを「まだ引き返せる」と思いながら見る。
IPの再利用が当たり前になった時代に、この一本は「続きものは、工芸になり得る」ことの実例として立っています。同じ世界をもう一度歩くことは、手抜きの別名ではないという証明です。