脚本家の時代
この地図には、世界の半球と日本の半球があります。並べてみて、いちばんはっきり違うものは何かというと——ドラマを誰の名前で呼ぶか、でした。
英語圏には「ショーランナー」という職名があります。脚本家であり総責任者でもある人で、作品はその人の名前で語られます。日本には、その職名はありません。かわりに、脚本家の名前があります。
これは印象の話ではなく、制度に残っています。向田邦子賞——1982年に制定され、テレビドラマの脚本そのものを対象にする賞が、四十年以上つづいています。主催は放送誌の出版社です。そして受賞者の一覧に、この帯の三人が並んでいます。坂元裕二(第26回・『わたしたちの教科書』)、宮藤官九郎(第29回・『うぬぼれ刑事』)、野木亜紀子(第37回・『獣になれない私たち』)。演出でも主演でもなく、書いた人に贈られる賞が、四十年前から毎年続いている国。それがこの半球です。
書き手の言葉を聞くと、この文化の中身が見えてきます。野木亜紀子はセリフの作り方をこう説明しています——「話し言葉にすることです。脚本を書きながら1人芝居をして、不自然なセリフになっていないか確かめます」。そして「あとは、言葉で説明しすぎないこと。テレビでは、ある程度万人が分かるような書き方は必要だけど、感情を全て言葉にしたり、1から10まで説明したりすることが『分かりやすさ』ではないと思います」。分かりやすさと、説明しつくすことは別だ、という宣言です。
原作ものについての言い方も面白い。「原作ものは『究極の二次創作』なんです。あくまで原作ありきだから、映像作品としてよりよい展開があっても、原作を踏み外してはならない」。マンガや小説の原作が多いこの国で、脚本家が自分の仕事をどう位置づけているかが、この一言に入っています。
坂元裕二のほうは、書くものの手ざわりを話しています。あるドラマの最終回を、登場人物がただ歩きつづける回にした理由を聞かれて——「自分も普段生活していて、大きな出来事より、なんてことない道を雑談しながら歩いたこととかを妙に覚えていたりする」。事件ではなく雑談を書く作家、という評判の、本人の側からの裏づけです。
海外のアンチヒーローの帯(→アンチヒーローの時代)が「人が変わっていく時間」を発明したとすれば、この帯が磨いたのは「何も起きない時間の書き方」でした。同じテレビという器で、まったく違うものが育っている。