ラジオドラマ
1920年代、物語が電波に乗りました。テレビより前に、同じ物語を同じ時刻に大勢が浴びる習慣がもう始まっています。
この帯でいちばん有名な事件が、1938年10月30日のオーソン・ウェルズ『宇宙戦争』です。ただし、その語られ方には訂正が要ります(神話の訂正欄)。
日本では1952年から二年間、NHKのラジオドラマ『君の名は』が全98回つづきました。「放送の時間になると銭湯の女湯が空になった」という言い伝えがあります。ただしこれも、実際に数えた記録ではありません。1950年代の文献の段階で「映画会社の宣伝から出た話だ」という説が複数あり、しかも誰が言い出したかで説が食い違っています。人気が絶大だったことは確かで、主人公の巻いたストールが「真知子巻き」として流行したことも残っています。この地図としては、「そう言われるほどだった」以上には書かないでおきます。
神話の訂正
1938年の『宇宙戦争』の放送で、全米がパニックに陥った
放送は実在します(1938年10月30日・CBS)。ただし研究者が当時の聴取率データを調べたところ、その時間にラジオを聴いていた人のうち「ラジオ劇」や「オーソン・ウェルズの番組」と答えた人は2%でした。「100万人が怯えた」とする1940年の有名な調査についても、その推計の根拠が他のどの測定より100%以上高い、と指摘されています。ショックで病院にかかった人の話は追跡で裏づけが取れず、この放送に関連した自殺を報じた新聞は一紙も見つかっていません。ではなぜ広まったのか——当時の新聞には、報道の担い手としてのラジオの信用を落として広告を取り戻したい動機があった、というのが研究者の見方です。動揺がゼロだったとまでは言えませんが、「測定できないほど小さかった」というのが現在の評価です。