刑事プロシージャル
テレビでいちばん長く、いちばん広く観られてきたのは、たぶんこの帯です。事件が起き、手順を踏んで解決し、一話で終わる。来週また新しい事件が来る。
この形式の強さは、どこから観てもいいことにあります。アンチヒーローの帯(→アンチヒーローの時代)が「一話目から観ないと分からない」物語を選んだのに対して、こちらは最後まで「どの回からでも入れる」を守りつづけました。批評で語られるのは前者ですが、数の上でテレビを支えてきたのは後者です。
型をつくったのは『ドラグネット』です。ジャック・ウェッブが1949年にラジオで始め、1951年にテレビへ移りました。もとになったのはロサンゼルス市警の実際の事件ファイルで、強盗課のマーティ・ウィン巡査部長が持ち込んだものです。そして——ここが面白いところですが——ネタをもらう代わりに、脚本は撮影前にLAPDの広報部の承認を得ていました。実録らしさは、警察が中身を見たうえで成り立っていたわけです。技術顧問も実名の職員が務めています。
『刑事コロンボ』については、憶えておくと得な話が二つあります。ひとつは倒叙——先に犯行と犯人を見せる形——がコロンボの発明ではないこと。R・オースティン・フリーマンが1912年の短編集『歌う白骨』で確立した古典的な形式で、テレビでも1952年にBBCが『ダイヤルMを廻せ!』を放送しています。もうひとつは、ピーター・フォークが三人目のコロンボだということ。1960年7月31日の単発「Enough Rope」で最初に演じたのはバート・フリード、1962年の舞台版はトーマス・ミッチェルでした。役のほうが俳優より先にいたわけです。
そして『ヒル・ストリート・ブルース』(1981–1987・NBC)は、この帯の例外です。一話で閉じない筋を警察ものに持ち込みました。ここから先の「続いていく物語」は、二十年かけて別の帯(→アンチヒーローの時代)へ育っていきます。
神話の訂正
『CSI:科学捜査班』のせいで陪審員が科学捜査に過大な期待を持ち、無罪が増えた(CSI効果)
この言葉は学術用語ではなく、2002年のタイム誌の記事が出どころとされています。そして実証研究は、繰り返しこれを支持できずにいます。最大規模の実測はシェルトンらの調査で、2006年6月から8月にミシガン州アナーバーで召喚された陪審員1,027人に当たりました。結論は「期待の差は、有罪評決への意欲の差に翻訳されなかった」。つまり番組を観ているかどうかで評決は変わりませんでした。彼らは原因をドラマに帰さず、科学技術の進歩全般が生む広い期待=「技術効果」だと結論づけています。犯人はドラマではなく時代のほうだ、ということです。コール&ディオソ=ヴィラはさらに、カリフォルニア・フロリダ・ハワイ・イリノイ・ニューヨーク・ノースカロライナ・テキサス・バーモントの8州で放送開始の前後を比べ、無罪率の上昇を裏づける実証的証拠はないとしました。そもそも無罪率の上昇傾向は、この番組より前から始まっていました。