ホームドラマ
1974年の『寺内貫太郎一家』は、石屋の家族の食卓をひたすら映しました。平均視聴率31.3%。家族がテレビの前に集まって、テレビのなかの家族を観ている——この帯は「茶の間」という視聴のかたちを、そのまま鏡にしたようなものです。
脚本は向田邦子でした。この名前は、四十年後のこの地図にもう一度出てきます——テレビドラマの脚本そのものに贈られる賞の名前として(→脚本家の時代)。日本が脚本家の名前でドラマを観る国になっていく、その源のひとつがこの食卓にありました。演出は久世光彦。俳優が本気で暴れる現場で、小林亜星が西城秀樹に投げ飛ばされて右腕を折ったという逸話も残っています。
この帯には、この地図がよく出会う種類の記憶違いもあります。「毎週ちゃぶ台をひっくり返していた」という、あの光景です。調べてみると、資料ではっきり確認できるのは2000年に作られたスペシャルの場面だけで、1974年の連続ドラマで何回あったのかを示す記録には行き当たりませんでした。否定できたわけではありません。ただ、この地図としては「頻度は確かめられなかった」と正直に書いておきます。ちなみに『巨人の星』の星一徹も、実際にちゃぶ台を返したのは一度きりだったと言われます。強い一場面は、記憶のなかで回数を増やすようです。
そして長さの記録。『渡る世間は鬼ばかり』は1990年から2011年まで連続ドラマとして、スペシャルを含めれば2019年まで——通算511回。脚本は橋田壽賀子ひとりです。家族が言い合いをしているだけの時間を、三十年ちかく作りつづけた人がいました。