日曜劇場と組織の逆襲
2013年9月22日の夜、この国のテレビが最後に一斉に同じものを見た、と言われることがあります。『半沢直樹』の最終回は42.2%(ビデオリサーチ調べ・関東地区・世帯視聴率)。日曜の夜9時、銀行員が上司に向かって言い返すところを、四割の家が見ていました。
この型の面白さは、舞台が「戦場でも宇宙でもなく、会社」だということです。理不尽な上司、責任を押しつける本部、中身の見えない人事。誰もが知っているのに誰も勝てない場所で、主人公だけが正面から言い返す。倍返しという言い方が流行語になったのは、言葉が新しかったからではなく、言い返せなかった人がそれだけ多かったからでしょう。その年の新語・流行語大賞は特例で年間大賞が四つ出ていて、そのうち二つがドラマから出ています——「倍返し」と、朝ドラ『あまちゃん』の「じぇじぇじぇ」。2013年は、ドラマが二回そこに立った年でした。
原作の話をすると、ひとつ意外なことがあります。このドラマの原作小説は『半沢直樹』という題ではありません。第1話から第5話までが『オレたちバブル入行組』(2004年)、第6話からが『オレたち花のバブル組』(2008年)。ドラマが当たったあとで、小説のほうが主人公の名前で呼ばれるようになりました。作者の池井戸潤は元銀行員です——1988年に入行し、1995年に辞めている。それなら経験をそのまま書いたのかと思いますが、本人はきっぱり否定しています。「経験をそのまま書いたり、取材を綿密にして書く、ということは、まずしない」。書けるのは「僕がわからない人物」ではない、とも。狙いは記録ではなく「銀行の中で人が生き生き動く活劇」だった。リアリティの正体は、取材の量ではなく人の造形のほうにあったわけです。ちなみに「倍返し」をモットーにする銀行員にモデルはいない、とも語っています。
そしてこの帯は、日本のドラマの「数字」の物語の最後の章でもあります。ビデオリサーチが週間ランキングの基準を世帯視聴率から個人視聴率に変えたのは2022年4月4日でした。つまり四割という言い方でヒットを語れた時代は、この作品のあたりで終わっています。2023年の『VIVANT』——同じ枠・同じ主演・同じ演出陣——の最終回は、個人12.9%/世帯19.6%として発表されました。数字が消えたのではなく、数え方が変わった。祝祭が終わったのではなく、祝祭の測り方が人ひとりの単位になったのです。
神話の訂正
『半沢直樹』の42.2%は、平成以降のドラマで最高の視聴率だった
この数字が載っているのはビデオリサーチの「ドラマ高世帯視聴率番組」の一般劇の表で、その表には「NHK朝の連続テレビ小説」「NHK大河ドラマ」は除いています、と書かれています。同社が別に公開している朝ドラの表を見ると、平成のあいだに42.2%を上回った作品が複数あります(『おんなは度胸』45.4%、『ええにょぼ』44.5%、『青春家族』44.2%、『ひらり』42.9%=いずれも関東地区・世帯・最高番組平均)。だから正確には「朝ドラと大河を除いた一般劇のなかで、平成以降の最高」。毎朝15分ずつ積み上げてきたほうが、じつは静かに上にいました。