全話一挙の発明
2013年2月1日、13話が同じ日に出ました。『ハウス・オブ・カード 野望の階段』。Netflixは発表のなかでこう書いています——ひとつのシーズンをまるごと出すことで、いつどう観るかを視聴者の側に完全に渡すのだ、と。放送の時間割が、この日に消えました。
ただし「最初」の話には、いつものように前がいます(後述の神話の訂正欄)。
面白いのは、作り手のほうが戸惑っていたことです。ノルウェー発の一本を一挙公開したとき、Netflixのテッド・サランドスは「アルバムを作るのと同じですよ」と言いました。出演していたスティーヴン・ヴァン・ザントの反応はこうです——「苦労して一年かけたものを、誰かが一晩で観てしまう? それはちょっと妙な感じだ」。届け方が変わることは、作った人にとっては時間の感覚が変わることでもありました。
そして、この発明はひとつ前の帯を支えています。アンチヒーローの時代のドラマは「途中から入れない」という弱点を抱えていました。もとに戻らない物語は、一話目から観ないと分からない。全話一挙と見逃し配信は、その弱点を消してしまった。人が変わっていく長い物語が商売として成り立つようになったのは、巻き戻せるようになったからです。
もうひとつ、この帯は数字の物語でもあります。配信は長いあいだ視聴数を公表しませんでした。測る主体が、外部の調査会社から配信会社自身に移ったからです。転機になったのが『イカゲーム』でした——公開四週間で1億4,200万。ただしこの数字は「視聴時間」ではありません。2分以上再生した世帯(アカウント)の数です。しかもNetflixは同じ四半期の株主向けレターで「年内に、視聴時間での報告に切り替える」と予告していました。つまりあの有名な数字は、古い物差しで測られた最後の世代のものです。
2021年11月には週間トップ10が視聴時間で公開されはじめ、2023年12月には半期ごとの報告(対象1万8千本超・約1,000億時間)が始まりました。数字は戻ってきています。ただし、単位のほうが変わりつづけている。日本では測る会社が世帯から個人へ指標を変え、世界では測る主体そのものが入れ替わった——同じ時期に、地球の両側で「数え方」が動いていたことになります。
神話の訂正
『ハウス・オブ・カード』はNetflix初のオリジナルドラマで、全話一挙公開もこの作品が最初だった
Netflix自身が「わたしたちの最初のオリジナルシリーズ」と呼んでいるのは『リリーハンマー』(2012年2月6日)です。しかもこちらも全8話が同時に出ています。つまり「初のオリジナル」も「一挙公開」も、この作品が先。『ハウス・オブ・カード』の本当の新しさは、初めて完全に自社発注した大型オリジナルであること、そして一挙公開を戦略として大々的に掲げた最初であること——そちらのほうです。最初とされるものにも、たいてい前がいます。