アンチヒーローの時代
テレビドラマには長いあいだ、暗黙の約束がありました。一話の終わりに、人物はもとの場所へ戻る。来週も再来週も、同じ刑事が同じ机にいる。どの回から観てもいいということは、誰も変わらないということでもありました。
この帯がしたのは、その約束を破ったことです。『ブレイキング・バッド』の企画は、ひとつの言い方で知られています——「ミスター・チップスをスカーフェイスに変える」。優しい教師を、犯罪王に。作り手のヴィンス・ギリガンは後年のインタビューで、そう言ってきたことを本人の口で認めています。つまりこのドラマの主題は、事件ではなく変化そのものです。もとに戻らないと決めた瞬間、テレビは「毎週おなじ」を捨てて、長い長い一本の物語になりました。
ギリガンがどこから来た人かを知ると、線がもう一本見えます。彼は『X-ファイル』の脚本家でした。毎週ちがう怪異を扱いながら、二人の関係だけが少しずつ動いていく——あの書き方をしていた人が、変化を主題に据えたドラマを作った。SFファンタジーの水脈は、ここでアンチヒーローの帯と合流します。ただし、本人が「X-ファイルの経験がこう効いた」と語った言葉には、この地図はまだ辿り着けていません。だから地図では、この線をいちばん濃くは引かず、経歴の事実として引いています。
同じ時期、『マッドメン』は別のやり方で同じことをしました。舞台は1960年代の広告代理店。時代のほうが動いていくので、人物は変わらないつもりでも取り残されていきます。作り手のマシュー・ワイナーは『ソプラノズ』の脚本家でした——HBO革命の直系が、広告主のいる局で20世紀を書き直したことになります。
そしてこの帯には、時代がもう一枚噛んでいます。『ブレイキング・バッド』は放送中に配信で追いつく人が増え、シーズンを追うごとに観客が膨らんでいきました。「途中から入れないドラマ」の弱点を、配信が消してしまった。もとに戻らない物語が成立したのは、巻き戻せるようになったからでもあります。この帯の右下から、ストリーミングの時代へ線が伸びていくのはそのためです。
人物を悪くしていくことが偉い、という話ではありません。この帯が残したのは「テレビは人が変わっていく時間を、いちばん長く見ていられる場所だ」という発見のほうです。十年後のいま、韓国の連続劇も日本の配信ドラマも、その発見の上に立っています。
神話の訂正
ブレイキング・バッドは批評家スコア99点で「史上最も高く評価されたテレビシリーズ」の唯一の1位としてギネスに認定された
ギネス世界記録の認定そのものは実在します(Breaking Bad シーズン5)。ただし公式サイトの説明を読むと、Metacriticの批評家メタスコア99点には5作品が並んでいて、ユーザー評価9.6/10でタイブレークした結果としてこの作品が首位になっています。2013年当時の報道は「メタスコア99」を根拠に伝えました。単独の1位というより、同点の頂上でひとつ抜けた、という形です。